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『ヘヴン』 川上未映子著 何が正しいのか?「ほんとうのこと」の答え


ヘヴン (講談社文庫)

《あらすじ》

主人公の〈僕〉は、いじめにあっている。ある日、机の中に貼られた手紙を受け取る。「私たちは仲間です」。

差出人は、不潔だからという理由で同じくいじめにあっている、コジマという女子生徒だった。

コジマは、離婚により離れて貧しく暮らしている父親を忘れないために、あえて汚い身なりをしていた。

二人は手紙を交わし、徐々に打ち解け、互いの存在が心の拠り所となっていく。

コジマはいう。「私は家があんなだったからこのしるしを手に入れた。君は斜視であるがゆえに、いじめにあっているけれど、その目が君という人間をかたちづくっている。同じようにしるしを持つ私は、誰よりも君の気持ちをわかっている。私は、君の目が好き」

ある日、人間サッカーなる陰湿ないじめにより、〈僕〉は顔から大量の血を流すケガを負う。その現場を見ていたコジマ。この出来事をきっかけに、二人の生きることへの身の置き方が、少しずつ変化していく。
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《ドラマチック感想》

まず、いじめの描写がなんとも痛い。容姿端麗、成績優秀。人生に何の不満もないような同級生たちは、なぜ、こんなにも陰湿ないじめをするんだろう?恐ろしさに身をかまえる〈僕〉の不安が、胸を駆け上がってこちらにも伝わってきます。

いじめられる者同士、心を通わせるようになった〈僕〉とコジマ。「同じようにしるしを持つ私は、誰よりも君の気持ちをわかっている」とコジマが口にしたときは、正直、全く共感できないストーリー展開だなと思いました。自分の物語に勝手に他人をキャスティングして、私が一番あなたの気持ちが分かっている??なんちゅう傲慢さ!

でも、そんなコジマの言葉に、〈僕〉は支えられます。

そこに、二人の間に変化をもたらす出来事が。コジマは、〈僕〉がいじめにより顔に大ケガをする現場を見ていて、そこからある考えに身を置くように。「私たちは、いじめられることに従っているんじゃなくて、受け入れてる。それこそが正しいことだ。この弱さで、このありかたを引き受けて生きていくのが、一番大切な強さなのだ」と。そして、その信念を身にまとい、彼女は少しずつ変化していきます。

一方、〈僕〉はこの出来事をきっかけに、自ら命を絶つところを想像したり、眠れなくなったりと精神的に追い詰められていって…。

日に日に弱っていると自分自身が感じる中、顔のケガを見てもらった先生から、 斜視が直せると聞いた〈僕〉。それをコジマに伝えると、コジマは〈僕〉を裏切者と責める。「君を君たらしめいている大事なしるし」、それを失くして逃げようとしていると。

しかし、これとは逆に、〈僕〉をいじめている百瀬は、「斜視はいじめの原因ではない。君がいじめられているのはたまたまだ」と話す。そのことだけではなく、世界の全てに起こることはたまたまでしかない。みんなが同じように理解できるような、そんな都合のいい一つの世界なんて、どこにもない。

コジマの独りよがりで、他人の生き方まで巻き込む信念より、百瀬の話す、どこまでも冷たく、起伏のない世界。〈僕〉と同じように、私はこの意見に蓋をすることができません。

だけど…。

二宮たちに仕組まれ、公園で会うことになった二人。このときのコジマの「全てのことに意味がある。弱さを引き受けて生きていく強さ」という信念から出た行動は、百瀬の言葉をはるかに超える力があって。

善悪や、誰が強くて弱いか、なんて答えは、同じ人の中でだって状況によって変わるものだと思う。絶対にこれだ、っていうみんなに共通する「ほんとうのこと」はこの世にはないかもしれない。だけど、それぞれの人の中で、絶対的な「ほんとうのこと」が生まれる瞬間は確かにあるんです。

 

「ここ以外に、僕たちが選べる世界はない」

私たちが生きる世界はここにしかない。だけど、最後に継母が彼のために話した言葉たち。医者が彼へのアドバイス的に言った言葉(どちらも長いので割愛)。そういったものの中から、〈僕〉自身が選んで感じ取り、自分の中の「ほんとうのこと」を見つけて、前に進んで行けるといいな。そう思いました。

 

この作品は、いじめを題材としているけど、人種差別とか貧困とか、世の中の全ての善悪や倫理への価値観が問われていると思います。

人々にとって、世界のあり方は千差万別で、その中にはどうしようもなく避けられない苦しみがある。だけど願わくは、すべての人が誰かを守り、守られ、思いを共有して、幸せな日々が送れますように。

最後まで読み進める中、色々な思いがこみ上げてきました。こんなにも自分の考えが思い起こされ、それが揺さぶられる小説はそうそうないと思います。

川上氏、恐るべし提起力と文筆力です。