邦画

映画『永い言い訳』感想 衣笠選手を思い出す時、映画もリンク。その逆も。

この映画の主人公は「衣笠幸夫」。そう、広島カープの黄金時代を支えた選手の一人である、衣笠祥雄さんと同じ名前です。

原作者でもある西川監督は、大の広島カープファンで、衣笠選手からとってこの主人公の名前をつけたそう。主人公と衣笠選手は全くの別人だけど、作中には衣笠選手の話題も出てきます。

広島出身の私ももちろんカープファン。カープファンにとって、衣笠選手は英雄です。

この映画を見て、昔、解説者となっていた衣笠選手に握手してもらったなあと思い返しました。その翌日、テレビで流れた衣笠選手の訃報。驚き、寂しい気持ちでいっぱいです。

衣笠選手を思い出させてくれたこの作品。とても良い映画だったため、さらに忘れられない作品となりました。

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《作品について》

1.データ

  • 監督:西川美和
  • 原作:『永い言い訳』西川美和 第28回山本周五郎賞候補など
  • 受賞:第71回毎日映画コンクール 主演男優賞・監督賞
  • 公開:2016年

2.キャスト

  • 衣笠幸夫(本木雅弘):ペンネーム津村啓で活躍する作家。妻を事故で亡くしても泣けないでいる。
  • 衣笠夏子(深津絵里):幸夫の妻。親友のゆきとスキー旅行に出かけた先で、事故死する。
  • 大宮陽一(竹原ピストル):妻の死に悲嘆し、同じ境遇の幸夫と悲しみを分かち合いたいと連絡をとる。
  • 大宮ゆき(堀内敬子):夏子と共に、旅行先で事故死する
  • 大宮真平(藤田健心):大宮家の長男。小6。突然の母の死で一変した生活にとまどいながらも、家事や妹の世話をする。
  • 大宮灯(白鳥玉季):大宮家の長女。保育所に通う。無邪気。
  • 岸本(池松壮亮):幸夫のマネージャー。洞察力がすごい。
  • 福永(黒木華):幸夫の浮気相手。

3.あらすじ

妻の旅行中、浮気相手と自宅で朝を迎えた幸夫。ニュースで見ていたバスの墜落事故で、妻の夏子が死んだことを知る。

滞りなく葬式をすませ、妻に先立たれた不幸な夫を演じる幸夫。一度も泣けないでいる。

そんな中、事故の被害者の会で、一緒に亡くなった夏子の親友ゆきの夫、洋一と再会する。あるきっかけから、トラック運転手として帰りが遅くなる陽一にかわり、週に数日、子供の面倒を見ることに。

他人家族との繋がりを通して、今まで経験したことのない充足感を得る幸夫。そこに新たに生じるひずみ。

自分を生きれない男が、人生を見つめ直していく再生の物語。

 

《ドラマチック感想》

◆主人公は自分を諦めている人

主人公の幸夫はとにかく最低。自己中心的で、発言の全てが卑屈で、ひねくれていて、うっとおしい。さらに、自尊心だけはめちゃくちゃ高くて、世間には偽りの自分を演じ続けている。

いるいる、こういう人。こんな人間は嫌!という、わかりやすい存在。

…はて?ちょっと待てよ。
私の中にもミニ、いやけっこう等身大に近い幸夫がいるかも!

と、全く自分とは関係がないと手放しで非難できないキャラの幸夫。

多少の居心地の悪さも感じつつも、深津絵里演じる妻の夏子は可哀想でしかない。これは、夫婦として一緒に暮らすの、大変だったろうなあ。

夫婦は鏡だから、幸夫がそうなるまでに、いろいろあったのかもしれない。

だけど、他人を否定して、イライラをぶつけて、そんな自分に恥ずかしくなって、感情の鎧をつけて、心をマヒさせて。自分を「最低」にしたのは、幸夫自身。

さらに言うと、幸夫は自分自身を諦めた状態の人。

そして、そんな負のパワーは、周りの人も不幸にしてしまうんだな。芯が強く、ポジティブな夏子に、あんな強い拒絶の言葉を記させるほどに。

◆取り返しのつかない悲劇

幸夫は、自ら買って出た大宮家の留守番で、子供たちとのやりとりを通して、誰かに必要とされる人生、必要とする人生を理解しはじめます。

それは長い結婚生活で、頭のどこかではわかっていたけれど、自分本位になりすぎた彼が理解できなかったこと。

あと、幸夫は、夏子と自分を同化しすぎていたんじゃないかな。

世間にひた隠す素の自分をさらけ出していたのは、妻である夏子の存在に過信して、自分本位のテリトリーの内にあると思っていたというか。

だから、妻が未送信のメールに残していたメッセージにひどく動揺してしまった。妻が自分を愛さなくなる可能性を、分かっていたけど、理解できていなかったから。

それはただの甘えで、ものすごく傲慢なことで、改めて直視させられた自分の愚かさ。

失ってからでは遅い。取り返しがつかないということの悲劇が、重く彼にのしかかります。

◆幸夫がたどり着いた答え

「自分を大切にしてくれてる人を大事にしなくちゃだめだ」と真平に諭すシーン。誰にでもある身勝手さから、自分を空虚のどん底に落としてしまった幸夫の、実感から出た言葉。

自分本位にしか考えられなくなっていた幸夫が、妻の死からまず逃避して、次に向き合って、もがいて、やっと進むべき方向が見えた、その先の答え。

「人生は他者」。幸夫が手帳に書き記した言葉が深い。

人生は自分のものじゃなく、他者の存在によって築かれるもの。他者と交わってこそ、生まれるのが人生。

色々な捉え方がありそうですが、私はこの言葉の意味をそう感じました。

◆終りは少しそっけない、が…

夏子が残した未送信のメッセージの真意については、その後回収されません。

幸夫のその後の変化も、妻の死を題材にした新作著書の発表パーティーが行われたというだけで、多くは語られず…。どういう結末かは、見る人に委ねられている部分が大きいです。

完全なハッピーエンドではないけれど、その方が視聴者に残す余韻は大きいなと思いました。人は、過去の自分を戒め、先に進むこともできるけど、変われないこともきっとあるから。

だけど、個人的には、夏子もスマホに残してしまった未送信メールを気がかりにしていて、少しずつ自分を変えていこうとし始めた幸夫君を見て、空の上で胸をなでおろしていたらいいな、と思いました。

 

◆演出って多分こういうこと!と思わせる監督のすごさ

西川監督の『ゆれる』も、その巧みな表現力にどっぶりはめられましたが、とにかく演出が晴らしい。

無駄な表現や、俳優さんの動きがないんじゃないかと思うくらい、丁寧に作り上げられていると思います。

・登場人物の劇中の役割がすごい

一人ひとりの登場人物たちは、みんな世の中のどこにでもいそうな普通の人たち。だけど、物語の中の役割をぎゅっと凝縮させてる演出と、俳優さんたちの演技力が皆すごいです。

例えば、幸夫と竹原ピストルさん演じる陽一との対比。

ストレートに感情をさらけ出す陽一と、本当の自分を見失うくらい自分を演じる幸夫とのコントラストが圧倒的。

大宮家の兄弟については、涙なしでは見れませんでした。

二人に共通するのは母の死にとまどう姿。兄は立場を察して心を脇に置くんだけど、ある時感情が爆発してしまう。妹は無邪気そのもの。だけど、大人たちの言動から母不在の重しを心に募らせていく感じ。母の死が、違う角度から子供たちの心に沁み込んでいく様子が描かれています。

池松君演じる幸夫のマネージャーの役割もすごい。ちょっとの出演なのに、幸夫の感情を明示的にさせる存在で、相当なキーパーソンでした。

幸夫と陽一以外は、最小限の登場で最大の効果を引き出す演出がされているなと思いました。

・重たいテーマにあえての客観的な距離

さらに、いい映画だなと思ったのは、死を扱った重たいテーマだけど、観客を巻き込まず、悲しくなりすぎない点。

母を亡くして、日常ががらりと変わってしまう子供たちという涙がとまらなくなりそうな要素も、子供たちのさわやかさと、幸夫の飄々とした様子で、客観的に距離を保つことができます。

なのに、深々と心の痛みや変化が感じとれる。バランスのとり方が絶妙なんだと思います。

まとめ

自分本位になってしまいがちな人間の弱さ。それによっておこる不幸。

私も、自分の中に幸夫を感じたくらいなので、この物語は他人事じゃありません。同じように、多くの人にとっても、幸夫は反面教師たる存在かもしれません。

だけどそれ以上に、私の周りには、人生を人生たらしめてくれる大事な人たちがいる。それに改めて気づかせてくれた素晴らしい映画でした。皆さんもぜひ鑑賞してみてください!

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↓小説のほうも映画と甲乙つけがたい作品とのことなので、そちらもぜひ読んでみたいです。