村上春樹さんの受賞が期待されて、毎年話題になるノーベル文学賞。2017年は日系イギリス人小説家のカズオ・イシグロ氏が受賞しました。
そのイシグロ氏が2005年に発表した小説「わたしを離さないで」。世界的権威のある文学賞のブッカー賞の最終候補にも残り話題となったこの作品。イシグロ氏監修のもと、2010年に映画化されました。
日本でも2014年に蜷川幸雄監督で舞台化、2016年に綾瀬はるかさん主演でドラマが放送されていて、今回のノーベル賞受賞を受けTBSチャンネルでも再放送されたようです。
そんな今話題の作品を観た感想です。
[adsense]
Contents
《作品について》
1.データ
- 監督:マーク・ロマネク
- 脚本:アレックス・ガーランド
- 原作:カズオ・イシグロ
- 受賞:英国インディペント映画賞 主演女優賞など
- 公開:2010年
2.キャスト
- キャシー(キャリー・マリガン):語り手 幼い頃からトミーに思いを寄せているが、トミーとルースと離れるため、一人介護人の道を歩む
- トミー(アンドリュー・ガーフィールド):心優しく不器用 少年時代にはかんしゃくを起こすくせがあったが、人一倍の努力家
- ルース(キーラ・ナイトレイ):キャシーの親友 トミーを馬鹿にしていたが、いつしか二人は付き合うように
- ルーシー(サリー・ホーキンス):ヘールシャムの新任の先生 生徒たちにある真実を伝える
3.あらすじ
主人公キャシーの回想により、物語は彼女の少女時代へ。
ヘールシャムと呼ばれる寄宿学校で育ったキャシー。ともに成長したトミーとルース。キャシーはトミーに思いを寄せ、二人の心は通じ合っているように感じていたが、トミーは親友のルースと付き合い始める。
ある日、新任でやってきた担任のルーシーが、クラスで子供たちに真実を伝える。「あなたたちは大人になれるけど、それは少しのこと。人生はすでに決められていて、ほどなく臓器提供が始まる。大抵は3度目か4度目の手術で人生を終える」と。
それを知ることで”生”に意味を持たせてほしい、と話すルーシー。
18歳になったキャシーたちはヘールシャムを出て、コテージと呼ばれる臓器提供の時を待つ施設で共同生活を始める。
《ドラマチック感想》
◆無垢な子どもたちの美しさ
冒頭、小さく美しい子供たちが、清らかな声で校歌を歌います。
敷地内から出ないことを強制し、健康と安全を徹底された環境。外の世界に出たときのための練習や、絵や詩の創作に重点がおかれる授業。壊れたおもちゃをあてがわれ、それに狂喜する子供たち。
寄宿学校の特異性が淡々と描かれますが、子供たちはいたって純真で天真爛漫な様子。
臓器を提供するためだけの命を育てる寄宿学校と、そこに育つ子供たちの清らかさ。その相反する要素が、情景の美しさと居心地の悪さをいっそう引き立てています。
◆キャシー役女優の諦観と葛藤の演技が見事
キャシー役のキャリー・マンガンの演技がとても良かった。行間で語るというか。「うん」と返事をする一つの動作にも、複雑な感情が込められていて。
一番ぐっときたのは、本当に愛し合っていれば提供の猶予がもらえるという噂に、「ルースと申請するの?」とキャシーが聞くシーン。トミーの答えに、衝動的に、でも静かに涙を落とすキャシー。幼子のような丸いほっぺたに流れる涙が切なすぎて。
言葉はなくても、クローンとして生まれた人生への諦観と、それを受容しながらも、人間である自分の生への葛藤が、全体を通して見事に表現されている演技でした。
◆どこまでも人間らしい提供者たちの”生”
二人の愛が本物だと証明できれば、提供を猶予されるという噂を信じた提供者たち。
本物の愛があるかどうかは、詩や絵といった内面を表す作品を見ればわかるはず。ギャラリーはそれを探るためにあった、と考えたトミー。猶予を請うため、描いた絵を持ち、トミーとキャシーはギャラリー主催者のマダムの家を訪れます。
しかし、噂はただの噂で、猶予に繋がる手段はないと答えるマダムたち。ヘールシャムは倫理を実践する最後の施設で、ギャラリーは子供たちが人間であると証明するためのもの。魂の中身を見るのではなく、魂自体があるのかを探るためのものでした。
絶たれた希望と、自分たちが人間とは違うということ前提にされていた事実。トミーは言葉にならならない思いを叫びます。自分はいったい何なんだ?存在も感情も、確かにここにあるのに。
他にも、性欲がオリジナルに由来するものではないかと思い、ポルノ雑誌に自分の姿を探したキャシー。
キャシーとトミーの気持ちを知りながら、二人の仲を裂くためにトミーを奪い、本物の愛を知っている二人が羨ましかったと懺悔したルーシー。
オリジナルの存在や、自分たちの存在意義の呪縛に支配され、悩み苦しみながら生きる彼らの姿は、間違いなく、どこまでも人間らしいものでした。
また、いみじくも子供たちに真実を伝えたルーシー先生が意図したとおり、”生”に意味を持たせようとした存在だったのではないでしょうか。
◆人類に問いかけられる命題
最後のキャシーの語り。
「私たちが救った人たちと私たちに違いが?みな終了する。生を理解することなく。命は尽きるのだ。」
この言葉が胸に刺さりました。違いはない。こんなことがあっていいはずはない。誰もがそう思うはずです。
だけど、自分の人生や家族を目の前にすると、理屈をこね、搾取される側の感情をなかったことにできてしまうのも、また人間。戦争だって同じじゃないでしょうか。人間は、正当性を主張して、誰かの命の上に自分の安定を築いてしまうのです。
イシグロ氏の原作や他の作品はまだ未読ですが、人類共通の命題を力強く問いかける、ノーベル賞の選定にふさわしい作品なのかなと感じました。
これを機会に、原作をぜひ読んでみたいと思います。
2016年日本で放送された綾瀬はるかさん主演の作品はこちら。ドラマは長い尺があるため、映画よりも細部について描かれているようです。現在(2017年10月)huluでも見ることができます。