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映画公開!『火花』又吉直樹 感想 無謀な挑戦で得る自分の人生

2017年11月、菅田将暉さん、桐谷健太さんの出演で映画が公開になる『火花』。気になりながらもずっと読めていなかった又吉直樹さんの作品を読んだ感想です。

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《作品データ》

  • 作者:又吉直樹
  • 発表年:2015年
  • 受賞:第153回芥川龍之介賞

あらすじ

売れないお笑い芸人の徳永は、熱海の花火大会の余興ステージで、先輩芸人神谷と出会う。神谷の天才的な才能に惹かれた徳永は、彼を師と仰ぎ、一緒に過ごす時間を重ねる。

漫才師である自分に、真剣に向き合って生きる二人。

究極に面白い「笑い」とは何か?なぜ、人を笑わせたいのか?

芸人として生きる限り続く、終りのない笑いの創作。それは自分自身との対峙。向き合えば向き合う程、それは苦しく、時に悲しい。

笑いだけに没頭する時間を経て、やがて二人は、別々の道を歩みだす。

《ドラマチック感想》

人生にもがいたことがある人すべてに響く物語

主人公の徳永は、天才的な感覚を持つ先輩芸人神谷に憧れます。

ほとんどの人は、彼と同じ気持ちを抱いたことがあるはず。自分にはない圧倒的な魅力を持つ人への尊敬。憧れるからこその劣等感と反感。

神谷と比較するほどに、自分が持たない者であることを自覚する徳永は、世間の観念とも戦いながら、自分らしさを満身創痍で模索します。

一方の神谷も、天才だからと全てがうまく進むわけではなく、人生はそんなに単純ではないという一面が、お笑いという業界を通して痛烈に描かれています。

お笑いの世界の栄光を支える、芸人たちの苦しさと影の大きさをリアルに描きながら、「絶対にみんな必要やってん」と表現した著者。同じ道を進んだ先人たちや仲間への愛が、たくさんつまっていてグッときました。

これはお笑いを経験した人だけでなく、真剣に、何かを目指して頑張ったことのある人すべてに響く物語だと思いました。

「お笑い」という芸術の恐ろしさ

「笑い」は万人の生活に染みついているもの。みんなが普段から、面白いことを言って周りの人を笑わせたりしています。それを「芸」へと昇華させることはなんて難しいことなんだろうと、改めて思いました。

世界の全てに興味を傾け、人間とは何かを考え抜き、自分をさらけ出して生みだす表現。それは音楽や絵画など、他の芸術でも同じです。だけど、お笑いは全ての人にとって身近だからこそ、評価にさらされる機会が断然多い。

人を幸せにする瞬間もあるけれど、それ以上に、批判されたり、人間性自体を否定されたりは日常茶飯事でしょう。そのうえ、プライベートでも常に高度な笑いを求められそう!なんて恐ろしい業界なんでしょう。

主人公は分身?

「ピース又吉」という人物を、テレビで見たりしたことのある人は、まず主人公の徳永に彼自身を重ねるのではないでしょうか。

コンプレックスを持ち、才能ある人に憧れ、自分、他者といった「人間」に興味を持ちながらも、社会をうまく泳ぐことができない(と思っている)不器用な人。だけど自分の中にちゃんと自分を持っている人。

この本を読んで、又吉さんがお笑いという世界を進んだことは必然だったんだなと感じました。

「ネタ」が面白い

作品中に度々描かれる、先輩芸人神谷との禅問答のような掛け合い。著者のさすがのお笑いセンスです。テンポが良くて、意味深々で、読者までツッコミたくなるようなボケに、スカッとするツッコミ。

そして、天才神谷も認めた、常識を覆した?スパークスの舞台には泣けました。愛と笑いに満ち、お客さんも含めて、積み上げてきた徳永の自分らしさが集結したステージ。

かと思えば、作品最後を締めくくるオチは奇相天外すぎで。

ネタを作る「芸人又吉」としての面白さも充分に堪能できる作品です。

作者を前提にせず読んでみたい

舞台裏の芸人さんたちの感情は、やっぱり笑いを生業として生きている又吉さんだからこそ、描けたものだと思います。

ただ、欲を言うと、作者が「ピース又吉」という前提なく読んでみたい作品という気持ちが半分くらい。

どうしても、主人公に芸人としての又吉さんを重ねてしまう部分があって、そこから想像が広がらない部分もあったかな、と。逆に、又吉さんを想像するから、伝わってきた部分もたくさんあったと思うんだけど。

ドラマや映画を見れば、俳優さんがそのイメージを払拭して、この作品の新たな一面に気づけるかな?公開される映画をぜひ観てみたいと思います。

感想 まとめ

相方の綾部さんが、なんでハリウッド進出?って不思議に思ってたけど、それもこの作品を読んで何か霧が晴れた感じがしました。

「火花」は、又吉直樹という人間が、自分や自分を取り巻く世界に真剣に向きあって表現した物語。苦しみながらも邁進する、笑いへの強い思いと、彼の人生観でいっぱいです。綾部さんも「無謀な挑戦」によって、「自分の人生を得たい」と、いてもたってもいられなくなったんだろうなあ。まあ私の勝手な想像ですが。

また私自身も、巻末の受賞記念エッセイで紹介されていた芥川龍之介の言葉のように、この作品を読んで、自分の創作を試みる機会を得ることができました。

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同じく巻末のエッセイにあった、芥川龍之介著『戯作三昧』で描かれた滝沢馬琴が銭湯で自分の悪口を聞くシーンについての記載。

少し前に観た映画『駆け込み女と駆け出し男』で滝沢馬琴が登場するんですが、まさしくそのシーンがあって、芥川小説からの引用だったんだと、又吉さんの作品から知りました。

とても面白い映画だったので、こちらもおすすめです。

今回読んだ『火花』はこちらの文庫版です。巻末に「芥川龍之介への手紙」という、芥川賞受賞記念エッセイが収録されています。

火花 (文春文庫) posted with ヨメレバ 又吉 直樹 文藝春秋 2017-02-10 Amazonで見る楽天koboで見る

同じくお笑い芸人のオードリー若林さんが書いた作品の紹介はこちら

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』感想 長い題名にこめられた皮肉と自己回帰の旅路